SIAM SHADEメンバー5人の現在は?解散・再結成と2024年和解、2025年訴訟を徹底解説
SIAM SHADE(シャムシェイド)は、1990年代の日本のロックシーンを代表する5人組ロックバンドです。ボーカルの栄喜を中心に、KAZUMA、DAITA、NATCHIN、淳士という個性と演奏技術を兼ね備えたメンバーが集結。1995年のメジャーデビュー後、「1/3の純情な感情」などのヒット曲を生み出し、現在も多くの音楽ファンに支持されています。
しかし、2002年の解散、2007年以降の再結成、2011年から2016年にかけての期間限定活動を経て、メンバー間の関係には大きな変化が生じました。2024年11月には4人からDAITAへの訴訟が和解したと発表された一方、2025年にはDAITAが残る4人を提訴したことも明らかになっています。2026年10月現在の最新情報を含め、5人のプロフィールからバンドの歴史、現在の活動、法的問題まで整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- メンバー:栄喜(ボーカル)、KAZUMA(ギター・ボーカル)、DAITA(ギター)、NATCHIN(ベース)、淳士(ドラム)の5人。
- 解散と再結成:2002年3月に解散。2007年の一夜限りの復活を経て、2011年に東日本大震災の復興支援を目的として再結成した。
- 2024年の和解:栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人がDAITAとの訴訟の和解を発表。5人が正式メンバーであることは維持された。
- 2025年の新展開:DAITAが4人に対して自身が作曲した38曲の使用差し止めなどを求めて提訴。SIAMSOPHIAとして4人が活動した。
- 2026年現在:2025年の法的問題について、その後の判決・和解を確認できる公表情報は見当たらない。2026年10月にはSIAMSOPHIAのライブ映像とインタビュー番組が放送された。
【メンバー一覧】SIAM SHADEの5人の名前と担当パート・プロフィール
SIAM SHADEの正式なメンバーとして知られるのは、栄喜、KAZUMA、DAITA、NATCHIN、淳士の5人です。
特徴的なのは、一般的なロックバンドの編成にとどまらず、ツインボーカルとツインギターを組み合わせた音楽性です。
栄喜がメインボーカルを務め、KAZUMAもギターを弾きながら歌唱に参加。DAITAがギターを担当し、NATCHINのベースと淳士のドラムが強固なリズムを作り上げていました。
まずは5人のプロフィールと、それぞれの音楽的な役割を紹介します。
1. 栄喜(ヒデキ)|圧倒的な存在感を持つボーカリスト
担当:ボーカル
生年月日:1972年1月29日
出身地:東京都世田谷区
栄喜はSIAM SHADEのメインボーカリストです。力強さと繊細さを併せ持つ歌声が特徴で、ハードなロックナンバーからメロディアスな楽曲まで幅広く歌いこなします。
バンド結成の初期から中心的な存在であり、NATCHINらとともに前身バンドの活動を始めました。
デビュー当初はCHACK、その後HIDEKIという名義を使用し、現在知られる栄喜という表記に変わっています。
1995年10月21日にシングル「RAIN」でメジャーデビュー。1997年の「1/3の純情な感情」が大ヒットし、バンドの知名度を大きく押し上げました。
2002年の解散後はソロアーティストとして活動。2003年にはハードコアバンドDETROXを結成するなど、SIAM SHADEとは異なる音楽表現にも挑戦しています。
2025年にはメンバー間の法的問題についてブログでファンに謝罪し、DAITAに関する自身の考えも発信しました。
2026年現在も、SIAM SHADEの歴史を語るうえで欠かせないボーカリストです。
2. KAZUMA(遠藤一馬)|ギターとボーカルを兼任するメンバー
担当:ギター・ボーカル
生年月日:1972年2月26日
出身地:東京都
KAZUMAは、SIAM SHADEのツインボーカル体制を支えたギタリストです。
バンドではギターを担当しながら、栄喜とともにボーカルも務めました。楽曲によって歌唱パートを使い分けることで、SIAM SHADEならではの立体的なサウンドを作り上げています。
もともとはKAZUMAという名義で活動し、バンドの作品では遠藤一馬名義も使用。解散後もソロアーティストとして音楽活動を続けました。
特に知られているのが、ビビアン・スーとのユニット「Vivian or Kazuma」です。楽曲「moment」などを通して、バンドとは異なるポップス寄りの音楽表現も展開しました。
SIAM SHADEの魅力を語る際、栄喜のボーカルだけに注目する人もいますが、KAZUMAの歌声とギターが加わることで楽曲の表情が豊かになっていた点も見逃せません。
3. DAITA|作曲と高度なギターテクニックを担うギタリスト
担当:ギター
生年月日:1971年6月19日
出身地:東京都
DAITAはSIAM SHADEのサウンドを象徴するギタリストであり、作曲面でも重要な役割を担ってきました。
中学3年生のときにギターを始め、1993年7月にSIAM SHADEへ加入。1995年のメジャーデビュー以降、卓越した演奏技術とソングライティング能力でバンドを支えました。
解散後はソロギタリストとして活動を本格化させ、2003年から氷室京介のツアーギタリストとしても活躍しています。
さらに2005年には、ジョー・サトリアーニ、スティーヴ・ヴァイ、ジョン・ペトルーシらが参加するギターイベント「G3」の日本公演に、日本人初のG4ギタリストとして出演しました。
自身のソロプロジェクト「THE GUITAR EMISSION」や海外プロジェクト「BREAKING ARROWS」など、活動の幅も広い人物です。
2025年にはSIAM SHADEの楽曲をめぐる法的問題について公式サイトで説明し、残る4人を提訴したことを公表しました。
この問題は、2026年現在のSIAM SHADEを理解するうえで重要なポイントになっています。
4. NATCHIN(ナッチン)|バンドの土台を支えるベーシスト
担当:ベース
生年月日:1971年10月15日
出身地:東京都
NATCHINは、SIAM SHADEのベーシストであり、バンドのリズムと低音を支えてきたメンバーです。
活動初期はNATINという表記を使用していましたが、解散後にNATCHINへ変更しています。
栄喜とはバンド結成以前から関係があり、前身バンドPOWERの時代から音楽活動をともにしてきました。
解散後はソロ活動を展開し、2003年にはアルバム『FAITH』を発表。相川七瀬のツアーにもベーシストとして参加しています。
また、2024年11月4日には自身の公式サイトを通じて、栄喜、KAZUMA、淳士と連名でファンに向けた声明を発表しました。
この発表では、2019年からDAITAに対して提起していた訴訟が和解したことと、今後は4人で活動する機会が増える可能性について説明しています。
NATCHINはメンバー間の問題をファンに伝える発信窓口としても注目されました。
5. 淳士(ジュンジ)|パワフルな演奏でバンドを支えるドラマー
担当:ドラム
生年月日:1973年3月30日
出身地:神奈川県秦野市
淳士はSIAM SHADEのドラマーです。
テクニカルな演奏とパワフルなリズムが持ち味で、複雑な展開を持つ楽曲でも安定した演奏を披露してきました。
2002年の解散後はソロ活動を開始。2003年にはソロアルバム『Do?』を発表しました。
また、T.M.Revolutionのサポートドラマーとしても長く活動し、GACKTやAcid Black Cherryなど、さまざまなアーティストのライブにも参加してきました。
SIAM SHADE以外でも活躍する実力派ドラマーとして知られています。
2025年にはSIAMSOPHIAのライブに参加。さらに、LUNA SEA主催の「LUNATIC FEST. 2025」では真矢の代役としてドラマーを務めるなど、幅広い音楽活動を続けています。

【初期メンバーと歴代メンバー】SIAM SHADEは最初から5人だった?
SIAM SHADEは、結成当初から現在知られる5人が固定されていたわけではありません。
前身バンドの時代からメンバーの入れ替わりがあり、現在の5人体制に至るまでには複数の転換点がありました。
1989年ごろ、栄喜とNATCHINを中心に前身バンドPOWERが活動を開始。その後、ギタリストのATARUらが参加する新たな編成へ移行し、1993年にバンド名をSIAM SHADEへ変更しました。
DAITAは1993年7月に加入。KAZUMAはギターとボーカルを兼任する形で参加し、淳士も1994年に加わりました。
こうしてメジャーデビュー時の5人がそろいます。
初期の歴代メンバーについて整理すると、次のようになります。
- ATARU: 初期編成でギターを担当した人物。
- A: 初期のドラム担当メンバー。
- 栄喜: 前身バンドから活動を続けたボーカリスト。
- NATCHIN: 前身バンドから参加するベーシスト。
- KAZUMA: 1990年代初期に加入したギター・ボーカル。
- DAITA: 1993年7月に加入したギタリスト。
- 淳士: 1994年に加入したドラマー。
つまり、現在知られる5人は、結成初期のメンバー変遷を経て成立したラインナップです。
なお、ATARUやAはメジャーデビュー時の5人とは異なる初期メンバーであり、2002年の解散後に現在の5人から脱退した人物ではありません。
【2002年の解散から2016年まで】再結成の理由と活動の歴史を年表で整理
SIAM SHADEは1995年のメジャーデビューから約7年間、精力的な音楽活動を続けました。
しかし、人気を獲得していた最中の2002年3月、突然の解散を発表します。
最終公演は2002年3月10日の日本武道館。公式プロフィールにも記録されている重要な節目です。
解散後も完全に縁が切れたわけではなく、2007年、2011年、2013年、2015年から2016年にかけて、異なる目的で再集結しています。
| 年月 | 出来事 | 背景・意味 |
|---|---|---|
| 1993年 | SIAM SHADE結成 | 現在につながるバンド名と編成が成立。 |
| 1995年10月 | メジャーデビュー | シングル「RAIN」を発売。 |
| 1997年11月 | 「1/3の純情な感情」発売 | 『るろうに剣心』のエンディングテーマに起用。 |
| 2002年3月10日 | 日本武道館公演で解散 | 約7年間のメジャー活動に一区切り。 |
| 2007年11月 | 一夜限りの復活ライブ | 元マネージャー中村新一氏の追悼公演。 |
| 2011年 | 期間限定で再結成 | 東日本大震災の復興支援活動。 |
| 2013年 | 全国ツアー開催 | 新曲「Still We Go」も発表。 |
| 2015~2016年 | 20周年記念活動 | 全国ツアーと日本武道館公演を開催。 |
| 2024年11月 | 4人から和解発表 | DAITAとの過去の訴訟について報告。 |
| 2025年 | DAITAが4人を提訴 | 38曲の楽曲使用差し止めなどを請求。 |
| 2026年10月 | SIAMSOPHIA特別番組放送 | 2025年公演映像とメンバーインタビューを放送。 |
2002年の解散理由は何だったのか
SIAM SHADEの解散理由については、長年ファンの間でさまざまな議論が続いてきました。
解散当時の説明は、メンバーそれぞれが自分の道を歩むという趣旨のものでした。
ただし、2025年にDAITAが訴訟の経緯を説明した際には、解散に至るまでのメンバー間の問題や、当時のマネージャーをめぐる出来事についても言及しています。
DAITA側の説明では、2001年に発生した問題やレコード会社側の判断が解散に関係していたとされています。
一方、これはDAITA側が示した経緯・主張であり、解散の全容が裁判などによって確定したことを意味するものではありません。
解散を単純に音楽性の違いだけで説明することも、メンバー全員の共通認識として不仲を断定することも適切ではありません。
2011年の再結成は東日本大震災がきっかけ
2007年11月には、亡くなったマネージャー中村新一氏を追悼する一夜限りのライブを開催しました。
その後、2011年4月に9年ぶりとなる再結成を発表。
大きなきっかけとなったのが東日本大震災でした。
メンバーは震災後に集まり、自分たちの音楽を通じて復興を支援できないかを話し合ったと、当時の日刊スポーツが報じています。
この再結成は、単なる過去の人気バンドの復活ではなく、5人が共通の目的のために再び集まったという意味を持っていました。
2013年には12年ぶりの新曲を発表
2013年には全国ツアー「SIAM SHADE LIVE TOUR 2013 ~HEART OF ROCK 7~」を開催。
9月には約12年ぶりの新曲「Still We Go」を発表しました。
ツアーは元マネージャー中村新一氏の七回忌を追悼する意味も持っており、全国7公演がソールドアウトとなりました。
2015~2016年はメジャーデビュー20周年
2015年から2016年にかけては、メジャーデビュー20周年を記念した大規模な活動を展開しました。
さいたまスーパーアリーナ公演、全国Zeppツアー、そして2016年10月20日の日本武道館公演「FINAL ROAD LAST SANCTUARY」へと続きます。
この日本武道館公演は、5人がそろったSIAM SHADEの活動を象徴する節目となりました。

【なぜ4人で活動するのか】2024年11月の和解発表と5人体制の真相
SIAM SHADEについて検索する人が特に気になっているのが、「5人組なのに、なぜ4人で活動するのか」という疑問です。
この問題が大きく表面化したのは、2024年11月4日でした。
ベーシストのNATCHINが自身の公式サイトに「ファンの皆様へ」と題する声明を掲載。栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の連名で、DAITAとの訴訟が和解したことを報告しました。
発表によると、4人は2019年から弁護士に依頼し、DAITAに対して訴訟を提起していたとのことです。
そして、訴訟が和解によって解決したことを明らかにしました。
注目すべきなのは、和解の報告と同時に今後のバンド活動についても説明した点です。
「今後も、SIAM SHADEのメンバーは栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士、DAITAの5人です。ただ、SIAM SHADEのメンバーのうち、栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人のみで活動することが多くなるかもしれません。」
出典:2024年11月4日、NATCHIN公式サイト掲載「ファンの皆様へ」
この声明から読み取れるのは、次の2点です。
1つ目は、メンバーの正式な位置づけを5人のままとしたこと。
DAITAを脱退扱いにしたわけではありません。4人の声明でも、SIAM SHADEのメンバーは5人であると明言しています。
2つ目は、今後の活動形態が4人中心になる可能性を示したこと。
これは、5人全員による従来のバンド活動と、4人による関連プロジェクトを区別して考える必要があるということです。
4人は最初の活動として、2011年から2016年の期間限定復活時に制作したDVDやグッズの再販イベントなどを検討していると発表しました。
ただし、この段階では4人での活動方針を示したものであり、DAITAの正式脱退やSIAM SHADEのメンバー構成変更を発表したわけではありません。
【2025年に新たな訴訟】DAITAが4人を提訴した理由とSIAMSOPHIA
2024年の和解発表によって、メンバー間の問題は解決に向かうと期待されました。
しかし、2025年9月末、再び大きな動きが明らかになります。
DAITAが、栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人に対して訴訟を提起したと公表したのです。
DAITAが求めたのは自身が作曲した38曲の使用差し止めなど
2025年9月30日、DAITAは自身の公式サイトで訴訟について説明しました。
公表された内容によると、DAITAが提起したのは、自身が作曲した38曲の楽曲使用差し止めなどを求める請求です。
その背景としてDAITA側は、過去に4人から提起された売上金などをめぐる訴訟、東日本大震災の復興支援活動に関連する問題、さらにSIAM SHADEの商標登録をめぐる問題などを挙げています。
また、DAITA側の説明によると、栄喜によるSIAM SHADEの商標登録申請が2025年7月に特許庁によって拒絶されたことも、提訴に至る経緯の一つになっています。
なお、これらはDAITA側が公表した主張・経緯です。裁判で認定された事実と同一視することはできません。
4人側もファンに謝罪と説明の意向を表明
提訴の報道を受け、栄喜は2025年10月2日にブログを更新しました。
メンバー間のトラブルによってファンに心配をかけたことを謝罪し、突然の出来事に困惑していること、適切なタイミングで4人の考えを説明したいという趣旨を発信しています。
翌3日にはDAITAに向けたメッセージをブログに投稿しましたが、その後削除したことも報じられました。
つまり、2025年の問題は、2024年に和解した訴訟と同一のものではありません。
2019年から続いていた4人側からの訴訟が2024年に和解した後、今度はDAITAが4人を相手に別の請求を提起したという経緯です。
4人で結成したSIAMSOPHIAとは?
この問題を理解するうえで欠かせないのが、SOPHIAとのスペシャルユニット「SIAMSOPHIA」です。
SIAMSOPHIAは、SOPHIAのボーカリスト松岡充の発案によって始まったプロジェクトです。
2025年はSOPHIAとSIAM SHADEの双方がメジャーデビュー30周年を迎える節目の年でした。
SIAM SHADE側からは栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人が参加し、DAITAに代わるサポートギタリストとしてRENOが加わりました。
主な活動は次のとおりです。
- 2025年2月9日: 大阪城ホールで「1995 SIAM SOPHIA - G」を開催。
- 2025年6月: 東京公演「2025 SIAM SOPHIA FINAL」の開催を発表。
- 2025年10月13日: 東京・TOYOTA ARENA TOKYOで「2025 SIAM SOPHIA FINAL」を開催。
- 2025年11月8日: 幕張メッセで開催された「LUNATIC FEST. 2025」に出演。
特に11月8日の公演では、栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人とサポートギタリストRENOが参加。BARKSのライブレポートでは、期間限定ユニットSIAMSOPHIAの最後のライブとして紹介されています。
ここで重要なのは、SIAMSOPHIAはSOPHIAとのスペシャルユニットであり、DAITAを含む5人のSIAM SHADEが再結成した公演ではないという点です。
また、4人の演奏活動があったことと、SIAM SHADEの正式なメンバー構成が変更されたことは別の問題です。

【2026年最新】SIAM SHADEメンバー5人の現在と今後の活動
2026年10月30日時点で確認できる情報を整理すると、SIAM SHADEは5人の歴史的なメンバー構成を維持しながら、実際の活動ではメンバー間の問題が影響している状況です。
メンバーそれぞれは個人の音楽活動を続けており、2025年には4人がSIAMSOPHIAとしてステージに立ちました。
一方、5人がそろったSIAM SHADEとしての新たな公演については、公式サイトで2026年の開催予定を確認できません。
2026年10月にはSIAMSOPHIAの特別番組を放送
2026年の注目情報として、WOWOWプラスによる特別番組があります。
番組名は「SIAMSOPHIA『2025 SIAMSOPHIA FINAL』Special Edition」。
2026年10月4日19時から23時30分まで放送されました。
内容は2025年10月13日のTOYOTA ARENA TOKYO公演のライブ映像に加え、撮り下ろしのメンバー独占インタビューを収録したものです。
出演者としてSOPHIAと、SIAM SHADEの栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の名前が掲載されています。
2025年のライブを振り返りながら、両バンドの30年間の歩みやメンバーそれぞれの思いを紹介する構成です。
これは2026年に確認できる重要な音楽関連情報ですが、5人によるSIAM SHADEの再結成発表とは異なります。
5人のSIAM SHADEは今後復活するのか
ファンが最も期待しているのは、やはりDAITAを含めた5人での再集結でしょう。
しかし、2025年の訴訟問題を考えると、単純にライブを開催できる状況とは言い切れません。
特に重要なのは、楽曲の使用やバンド名の取り扱いです。
DAITAが自身の作曲した38曲について使用差し止めなどを求めたことで、過去の代表曲を4人が演奏することにも法的な問題が生じる可能性があります。
報道では、最大のヒット曲「1/3の純情な感情」も対象曲に含まれると伝えられました。
2026年10月30日現在、今回の訴訟について判決や新たな和解を確認できる公表情報は見当たりません。
そのため、5人での再結成が決まった、あるいは4人でのSIAM SHADEが正式に成立したといった断定はできません。
現時点では、次の3つを区別することが大切です。
- 正式なメンバー構成: 2024年の4人の声明では5人と明言されている。
- 実際の活動形態: 2025年には4人がSIAMSOPHIAとして活動した。
- 法的な状況: 2025年にDAITAが4人を提訴し、その後の終結を確認できる公表情報はない。
【代表曲を再確認】「1/3の純情な感情」と『るろうに剣心』の関係
SIAM SHADEの代表曲として最も広く知られているのが「1/3の純情な感情」です。
この楽曲は1997年11月27日に発売されたシングルで、フジテレビ系アニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』のエンディングテーマに起用されました。
オリコンの作品情報では、最高順位3位、登場回数21週という記録が掲載されています。
DAITAの公式プロフィールでも、累計80万枚を超えるヒット曲として紹介されています。
なぜ今も人気が続いているのか
「1/3の純情な感情」の魅力は、印象的なメロディーだけではありません。
疾走感のあるギターサウンド、力強いボーカル、複雑でありながら一体感のあるバンド演奏が組み合わさっています。
また、『るろうに剣心』という人気アニメのエンディングテーマだったことも、楽曲が幅広い世代に浸透した理由の一つです。
アニメを通じて曲を知った世代と、当時のロックシーンでSIAM SHADEを追いかけていた世代が、同じ楽曲を共有している点も特徴的です。
バンドの解散後も、カラオケや音楽番組、アニメ関連の企画などで耳にする機会があり、SIAM SHADEの名前を知らない若い世代にも曲が届いています。
ただし、現在は楽曲の権利や使用をめぐる問題が報じられているため、今後の演奏活動については法的な動向も関係してきます。
【SIAM SHADEメンバーに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:SIAM SHADEのメンバーは全部で何人ですか?
A1:正式なメンバーとして知られるのは5人です。栄喜(ボーカル)、KAZUMA(ギター・ボーカル)、DAITA(ギター)、NATCHIN(ベース)、淳士(ドラム)で構成されています。
Q2:SIAM SHADEはなぜ4人で活動しているのですか?
A2:2024年11月、栄喜、KAZUMA、NATCHIN、淳士の4人がDAITAとの訴訟の和解を発表した際、今後は4人で活動する機会が多くなる可能性を説明しました。2025年にはSOPHIAとのユニットSIAMSOPHIAとして4人が活動しています。
Q3:SIAM SHADEのDAITAは脱退したのですか?
A3:2024年11月の4人の公式声明では、DAITAを含めた5人がSIAM SHADEのメンバーであると明言されています。2025年にはDAITAが残る4人を提訴しましたが、正式脱退が発表されたわけではありません。
Q4:SIAM SHADEはいつ解散しましたか?
A4:2002年3月10日、日本武道館での公演を最後に解散しました。約7年間のメジャー活動に一区切りをつけています。
Q5:SIAM SHADEはいつ再結成しましたか?
A5:2007年に元マネージャーの追悼公演として一夜限りの復活ライブを開催。2011年には東日本大震災の復興支援を目的に期間限定で再結成しました。その後2013年、2015~2016年にも活動しています。
Q6:「1/3の純情な感情」は何の主題歌ですか?
A6:1997年11月27日に発売された楽曲で、テレビアニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』のエンディングテーマです。SIAM SHADEの最大の代表曲の一つとして知られています。
Q7:SIAM SHADEは2026年に5人で再結成していますか?
A7:2026年10月30日時点で、5人による新たな再結成ライブの公式発表は確認できません。2025年には4人がSIAMSOPHIAとして活動し、2026年10月にはそのライブ映像とインタビューを含む特別番組が放送されました。
まとめ:SIAM SHADEの5人の絆と2026年以降の活動に注目
SIAM SHADEは、栄喜、KAZUMA、DAITA、NATCHIN、淳士という5人によって築かれた日本のロックバンドです。
1995年のメジャーデビューから「1/3の純情な感情」の大ヒット、2002年の解散、2007年の復活、2011年の震災復興支援、2013年の全国ツアー、2015~2016年の20周年記念活動まで、長い歴史を積み重ねてきました。
しかし、2024年11月の訴訟和解発表によって4人中心の活動方針が示され、2025年にはDAITAが残る4人を相手に38曲の楽曲使用差し止めなどを求めて提訴するという新たな展開を迎えています。
2026年10月現在、5人そろってのSIAM SHADE再始動は発表されていません。一方、SIAMSOPHIAのライブ映像が特別番組として放送されるなど、過去の音楽活動が改めて取り上げられています。
【プロの結論】
SIAM SHADEの現在を理解するためには、次の3つの視点が欠かせません。
第一に、メンバーの正式な位置づけと実際の活動形態は別であること。5人というメンバー構成が示されたことと、4人で活動する機会が増えたことは矛盾しません。
第二に、2024年の和解と2025年の提訴は別の法的問題であること。過去の訴訟が和解したからといって、その後の楽曲使用やバンド名をめぐる問題まで解決したわけではありません。
第三に、SIAM SHADEの音楽的価値とメンバー間の問題は分けて考える必要があること。メンバー間の対立が続いていても、5人が作り上げた楽曲や演奏技術、1990年代のロックシーンに残した功績が消えるわけではありません。
ファンが待ち望んでいるのは、栄喜、KAZUMA、DAITA、NATCHIN、淳士の5人が再び同じステージに立つ姿でしょう。
2026年以降、法的問題がどのように進展するのか、そして5人によるSIAM SHADEの活動が再び実現するのか。今後の公式発表が注目されます。 (出典: シャム シェイド メンバー(Yahoo!ニュース))